2008年 9月30日
時を超えて、AIGオープンに“伝説”が帰ってきた。若手に刺激を与えるための復帰から、自分の楽しみのために目的を広げて、クルム伊達公子が主催者推薦枠で登場した。WTA公式戦の本選出場は11年半ぶり。1回戦の相手は第6シード、「彼女が世界4位のとき私はまだ子どもだった。伝説の選手とプレーできてエキサイティング」と言う21歳のピアー。鉄壁の守りとメンタルタフネスが武器で、たびたび大逆転劇を演じる強豪だ。3階席まで混み合う有明の観客が、かたずをのんで伝説の復活を見守った。
緊張か気負いか、ファーストゲームからクルム伊達にミスが目立つ。「リターンをたたいて、自分から仕掛ける展開をプランしていた」が、ライジングの打点があわない。ファーストサーブが入ればよい展開になるが、甘いセカンドサーブを逆に押し込まれてしまう。一方のピアーは立ち上がりこそややミスが目立ったが「昨日はイスラエルの新年で、夜更かししてしまったの。試合が進むにつれ調子は上向きになってきた」と言うとおり、ムーンボールにハードヒットを交えて堅実なテニスを展開する。
クルム伊達が自分のリターンミスを大声で叱咤する。スライスやネットプレーも交える。しかし展開は大きく変わらない。第1セットを3−6で落とし、第2セットは肉体的な疲れも出てきたか、一気に0−4となる。単発ではよい動きのポイントもあったが、振り回されて力の入らないミスが目立つようになった。集中力も落ちてきたようなミスも出て、最後は1−6。やはり11年半ぶりのWTAツアー復帰第一戦は、世界36位(自己最高15位)の鉄壁のテニスの前に完敗となってしまった。
「思ったよりはついていける手ごたえがあった」「自分のテニスを出せた感覚もあった」「復帰5ヶ月で11年半のブランクは埋まらなくて当然だが、負けて悔しく、また揉まれればチャンスが出てくる感覚もある」と、クルム伊達は淡々と語った。疲労回復やスタミナに問題はなかったとのことだが、観客の多くは球の重さ、動きのコンスタントさ、大事なポイントでのショットの精度に、ピアーとの力の差を感じたはずだ。ピアーの言うように「昔風のテニス、過去のプレーヤー」なのかもしれない。しかし、誰も届かなかった世界を体で知るクルム伊達だけの「感覚」が、彼女のテニスを、そして伝説を、これからも支え、押し上げていく。
倉沢鉄也